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はじめまして。

 

私は、東京理科大学の電気工学科で電気工学を学びました。

 

大学4年生の時、研究室で、半導体の設計に使われているソフトウェア、具体的には、OrCADを見ました。

 

ちなみに、この研究室は、半導体の設計について研究しているところで、OBには、NECや東芝、日立の人が多数いました。

 

このOrCADは、パソコンの画面上で回路図を作成して、シミュレーションで回路の動作を確認するものでした。

 

当時は、このソフトを見て、実際に回路を作らなくても、パソコン上で作成するだけで動作が検証できることに、びっくりしたものです。

 

これがあれば、いろいろなパターンについて簡単に検証できるので、生産性が格段に向上します。

 

このソフトを見て、ソフトウェアの可能性に惹かれて、ソフトウェアに興味を持ちました。

 

大学を卒業後、山梨県に本社がある大手FAメーカーに入社しました。

 

そこでは、工作機械の数値制御装置のソフトウェアの開発を行いました。

 

 

開発言語は、C言語とアセンブラ言語の中間のような独自言語で、DEC製(後にHPに買収)のスーパーミニコンでコンパイル&リンクをしていました。

 

リンクをするのに、数時間を要するぐらい、ソフトウェアの規模が大きかったことを覚えています。

 

コンパイル&リンクして作成したオブジェクトコードを、ICE(インサーキット・エミュレータ)に流し込んで、実際に数値制御装置を動作しながらデバッグしました。

 

典型的な組み込みソフトウェアの開発です。

 

当時、マイクロソフトが、OLE(Object Linking and Embedding)の仕組みを公開していたころです。

 

もっと、ソフトウェア技術を学びたく、その会社を辞めて、京都に本社のある大手FAメーカーに転職しました。

 

そこでは、パソコン上で動作するシーケンサ(PLC)のソフトウェアの開発を行いました。

 

 

ここで初めて、マイクロソフトのVisualStudioを使い、これまでの開発環境と比べ、デバッグ作業がとても簡単なことにびっくりしました。

 

 

この会社では、当時はまだ普及していなかったUMLを使ってソフトウェアの設計・開発を行い、品質確保のため、設計ドキュメントをしっかり作成してからソフトウェアを作成するプロセスをしっかり叩き込まれました。

 

ちなみに、所属していた部門の長は、1985年に、国家プロジェクトとして始まったシグマプロジェクトの責任者だった人です。

 

その後、京都本社に勤務していましたが、家庭の事情で、実家のある関東に戻るため、関東に本社のある測定機メーカーに転職しました。

 

そこでは、パソコンで制御するいろいろな測定機のソフトウェアの開発を行いました。

 

 

これまで、いろいろな会社でソフトウェアの開発に携わってきましたが、ソフトウェア開発で一番重要なのは、対象となる商品についての使われ方をきちんと理解していることです。

 

そうでないと、再利用性の高いソフトウェアを作ることができず、同じようなソフトをたくさん作ることになり、作成効率も保守効率も悪くなります。

 

使われ方をよく知っているのは、営業でありお客様ですが、尋ねるのは容易ではありません。

 

そこで重要になるのが、多くの知識を習得することです。

 

そうすれば、想像力を働かせることができます。

 

このように、ソフトウェア開発といっても、ただ単に、ソフトウェアを開発するだけではありません。

 

いずれば、スマホアプリを作成してみたいと思っています。

 

※)ソフトウェアエンジニアは、プログラマーと同意語です。

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